SUKOYAKA日記

メモ帳的存在。岡山在住。

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

EUの歴史

汎ヨーロッパ運動
欧州統合論は以前からあったがこれにより現実化されていった。
WW1後にオーストリアの貴族、リヒャルト・クーデンホーフ・カレルギ―伯爵が提唱したのがきっかけ。
戦後、弱体化した欧州で小国に分かれて覇を競うより、アメリカのような欧州合衆国の設立を目指すべきと呼びかけた。
この運動に共鳴したブリアン仏首相は国際連盟総会で「欧州連合」を提案し、ドイツのシュトレーゼマン外相も強い理解を示し、独仏協調路線を推進した。
○統合論。4段階
1、欧州会議を開き、軍縮、関税、通貨などで共通の利益を検討する委員会を創設。2、欧州中裁判所を設立、相互安全保障条約を結ぶ。3、欧州全域(ソ連を除く)での関税同盟と通貨同盟を結び、単一の欧州経済圏を築く。4、最終段階で欧州合衆国が誕生。
○独仏の協力重視
経済、政治両面での両国の長年の対立が、欧州の基盤を弱めたとの見方で、独仏協力が欧州統合のカギとカレルギ―は見抜いていた。しかしヒットラーの登場によって運動は挫折。

●ECへの道
○トルーマンドクトリン。マーシャルプラン
戦後欧州は戦勝国、敗戦国ともども疲弊しきっていた。一方ソ連の派遣が東欧諸国に広がり、ソ連の共産主義の脅威に欧州全体が包み込まれる可能性も出ていた。そこで1947年6月アメリカはマーシャルプラン(欧州復興計画)で、同提案に基づいて49年4月に欧州経済協力機構(OEEC)が西欧16カ国(のちに18カ国)の参加で設立され、英国は総額約131億ドルを資金援助した。
OEECはそのご、60年12月に米国、カナダを加えて西側先進国の経済協力を進める経済協力開発機構(OECD)に衣替えし、現在に至る。
○EPU(欧州決済同盟)
これは50年九月に域内の貿易決済を円滑にする欧州決済同盟(EPU)が始動した。OEECとEPUは米国からの援助資金を域内に効率的に配分、貿易や為替などの自由化を促したただ各国市場の完全障壁や取引慣行、社会・労働事情等の違いを乗り越えるには不十分だった。
○ベネルクス関税同盟
EPUでの課題を克服するため、ベネルクス三国がつくった。他の欧州諸国に先駆け、関税同盟内では相互に関税を引き下げ、3カ国での共通市場化を目指した。このベネルクスの動きはそのごのEEC(欧州経済共同体)や欧州市場統合の見本となった。
○COMECON(経済相互援助会議)ソ連側
OEECに対抗して、ソ連は49年1月に東欧圏内でコメコンを結成した。以後、東西欧州の分断は89年のベルリンの壁の崩壊まで続く。

○NATO
経済支援と並んで、軍事的には49年4月に北大西洋条約機構(NATO)を調印した。これに対抗したのがワルシャワ条約機構(WTO)

●ECSC
○ジャン・モネという男
商人の息子だったジャン・モネはWW1中から「欧州各国が繁栄を勝ち得るには小さすぎる。各国を単一の経済単位にまとめる欧州連邦を結成しなければならない」と主張、欧州域内の独仏の関係を和解に導く全欧的な枠組み作りを提唱した。
○石炭、鉄鋼
モネは独仏両国の石炭資源と鉄鋼業を国際共同管理下に置き、これを土台として欧州連邦作りの共通基盤の形成を目指した。これにフランスのシューマン外相が賛同同外相は1950年にモネの案に基づく「シューマンプラン」をアメリカに提案。シューマンプランは紆余曲折を経て【何があったんだろうか・・・】、EUの第一歩となる欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)として実現した。モネはECSCの最高機関の初代議長に就いた。
○EDC(欧州防衛共同体)は破談に終わる。
米国は東側の脅威に対抗するため西独の再軍備を認める主張をした。モネは米国に対抗して、西独の軍事力も共通プール下に置く欧州防衛共同体(EDC)設立を提案。しかし土壇場で破談。
西欧6各国は条約に調印したが、その後イタリアは国内の政治不安から批准できず、またフランスもスターリンの死後に東西冷戦の緊張が一時的に緩和したことで、EDCの超国家性に対する反対論が国内で浮上、仏国民議会は激論の末、条約批准を拒否した。
EDC断念後は国軍復活を認められ、NATOとWEUに加盟した。共通外交策が日の目を見るのはマーストリヒト条約までの約40年の歳月を待つことになる。

○パリ条約
1951年4月のパリ条約で調印され、翌52年8月にスタートした。EU最初の組織となったECSC設立条約に調印したのは、フランス、西独、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクの6カ国。イギリスは国家主権が束縛されるのを嫌って参加しなかった。
ESCSは最高機関、諮問委員会、隔離う理事会、共同総会及び裁判所から構成された。
58年には各国の原子力政策を統合し、米ソに比べて遅れていた欧州の原子力開発を促進するユーラトム(EAEC,欧州原子力共同体)が動き出した。
しかし石炭・鉄鋼分野以外の金融、税制、通貨、雇用などの市場条件は別々のままだった。そこで「より広範囲な経済統合」への期待が高まった。

ECCローマ条約
○ローマ条約
ECSCのようなセクターごとの統合路線ではなく、欧州全域の経済統合、共通市場の形成に向けて全体的な方向付けをしたEUの基本条約。
域内自由化」(単に域内の障害除去だけでなく、地域格差の除去の方針も掲げた。)と「構造改革」を二大目標とし、それを達成する基本政策として、加盟国の「協調行動」「共通政策」を求めている。
この条約では1、関税同盟の結成2、ヒト、サービスおよび資本の自由移動3、共通農業政策(CAP)4、共通運輸政策5、競争原理の確立6、欧州社会基金(ESF)の設定7、欧州投資銀行(EIB)の設立などの目標を掲げ、12年内(70年)に実現し、EECという単一の経済共同市場を築くビジョンを宣言した。

○関税同盟の達成。p134
条約に掲げた関税同盟はベネルクス同盟を発展させたもので、EECが目指す経済共同体の支柱は、この関税同盟と共通農業政策(CAP)だった。
関税同盟は、域内加盟国の貿易には関税や数量制限をかけず、欧州以外の第3国には共通の関税率を適用し、共通通商政策をとるのが基本。工業品への域内関税は徐々に引き下げられ、68年6月末までに域内関税ゼロを実現した。工業品の域内数量規制の撤廃は、第一段階でほぼ100%を実現した。
【まだあるけどめんどい。】

○EFTA
EECのパクリでイギリスやらがEFTAを作った。しかし、EFTAは、政治・外交を含む対外政策の共通化は意識せず、経済貿易面での域内自由化に絞っていたためあんまりうまくいかなかった。すぐにイギリスEECに転じるし。

危機の時代

●ECへの再編成
EEC,ユーラトム、ECSCの三機関は当初、それぞれ個別の総会屋閣僚理事会、司法機関などを持っていた。本部もECSCがルクセンブルク、EECとユーラトムがブリュッセルと分かれており、相互の政策調整をとる必要性も高まっていた。
そこで、1967年7月、三機関をEC(欧州共同体)として再編成スル併合条約が発効した。統合されたECは60年代を通じて、EECによる関税同盟と共通農業政策(CAP)を軸とした農業共同市場を実現した。

●通貨制度の試み
【EMUっていう通貨同盟はとばしてもいいかな、あんま重要じゃなさそうだし】

●70年代のECの危機
ハーグ首脳会議では、来る70年代のECの発展を謳い「EUの道を用意する」との宣言を採択した、
しかし70年代初めのニクソンショック、第一次、第二次の石油危機などが欧州経済を痛打し、各国は共同体の共通目標の堅持よりも、個別の利害を優先する風潮に立ち戻ってしまった。
【安全保障では冷戦の緊張緩和により、結びつきは薄れた。一方経済面では、深刻な状態では各国は結びつきよりも自国の利益を優先したということか。】
共通市場の危機は、日本からの輸入品の増加、アジアNIES(新興工業経済群)の著しい台頭などでも深まった。

●仏独枢軸 ECの統合路線を修復 ジスカールデスタン仏大統領、シュミット西独首相
両首脳はまず、ECの結束強化のために首脳会議の定例・常設化を実現した。さらに79年に欧州通貨制度(EMS)を立ち上げた。ニクソンショック以来、不安定化した欧州通貨を独自に安定させる試みは欧州の一体感を復活させた。
その後も仏独は欧州統合の軸となっていく。
その背景は、ドイツを欧州統合の枠内に封じ込めたいフランスの意図と、「ドイツのための欧州」ではなく、「欧州のためのドイツ」であらねばならないというドイツの決意【なんかクサい。結局その道しか残ってなかったってことだよね。】があった。

●85年白書
70年代の景気後退により「域内市場の共通化」という「完成」をめざす勢いがはずみを失い、逆に個々の加盟国の間で自国市場保護のために制作資金を投入したり、他の加盟国を差別的に扱う非関税障壁などが増大したと反省点を挙げている。
これらの危機を克服するため、以下の障害を取り除くための合計約270項目の法令を採択するよう加盟国に提案した

1、物理的障壁の撤廃
2、技術障壁【ってなに?】の撤廃
3、財政的障壁(税制)の撤廃

1、物理的障壁とは
各国間のモノやヒトの移動の際に、国境で生じる各種規制のこと。提案された法令は、商品取引の際の共通通関手続き、貿易データの共通化、農産物取引にかかる補助金や調整金の廃止、動植物検疫の共通化、運輸規則の廃止など。
ヒトの移動では、共通旅券の発行、テロリズムや麻薬対策のための域内司法協力など

○別の障壁
例えば、モノの面では、商品の仕様・基準が各国で異なっていると、他の国の商品は競争上、ハンデを負う。安全性や環境・基準が各国で異なっていると、他の国の商品は競争上、ハンデを負う。安全性や環境・衛生基準、消費者保護などの規則の違いも、モノの流通に影響する。
金融、運輸、放送、通信、情報等のサービス分野でも、各国ごとの制度や規則の違いが障害になる。
ヒトの移動も、国によって職業資格基準が異なると、労働力の移動を抑制する。

○EUレベルでの採択は264項目で、達成率は97,8%。
順調に達成できたのは87年に単一欧州議定書により、85年白書の目標実現のための諸措置の決定手続きとして、ローマ条約が原則とした全会一致よりも、特定多数決制を幅広く活用したため。
また単一欧州議定書により、助言役でしかなかった欧州議会の権限も強められ、理事会主導の英字的調整を廃し、実務ベースでの市場統合を側面から支えた。
【EU理事会:各加盟国の大臣(閣僚)級代表で構成されていて、EUの立法府。
 欧州理事会:EUサミットとも呼ばれる年四回のEUの首脳会議。】
【欧州議会:EU市民の直接選挙で選出された785名の議員で構成され、選挙は5年ごとに行われる。法案をEU理事会と共同で決定する権利、EU予算の承認・新加盟国の承認などの権利を持つようになっている。】

EMS欧州通貨制度の経験
●EMSの前段として
1970年代のウェルナーリポートにより、各国通貨の変動幅を当時の対ドル変動幅よりも狭い範囲に抑える縮小為替変動幅構想が提案された。その提案は3段階で
まず1、縮小変動幅を3年間で達成する。第二段階で外為市場での政策協調を促す「欧州通貨協力基金(EMCF)」を創設、市場介入の一本化を進める。第3段階は、域内通貨間の変動幅を最終的になくして、資本移動の自由化を完成させ、単一通貨を実現する手順だった。欧州中央銀行創設も予定していた。

●EMSの三本の柱
第一が加盟国の外為市場を一定変動幅に抑える為替相場メカニズム(ERM)。
第二は、変動幅内に相場おを抑えるための各種信用メカニズム(相互資金援助制度)と市場介入ルール。ある加盟国の通貨が変動幅の上限に達すると、その国の中央銀行は自国通貨を無制限に売り介入する義務を負う。反対に下限に張り付いた国では、自国通貨の買い介入が義務付けられている。
第三は各国通貨変動の中心レートを設定する欧州通貨単位(ECU)の発足だった。ECUは各国が保有する金・ドル準備の20%を欧州通貨協力基金(EMCF)とスワップして発行された。ECUユーロの雛型。

●EMSのインフレ抑制効果
変動幅の上下限に達した2カ国は、ともに介入義務を負うが、通貨の弱い国(国際収支の赤字国、買ってばっかりで自国通貨が出回る一方だから)は自国通貨買いと相手国通貨売りが必要。相手国通貨を売るには外貨準備の制約があるので、介入に加えて、国内金利の引き締めなどで、通貨の強い国(黒字国)に協調する方向での国内政策の調整を強いられる【よくわからん。金利引き締めで自国通貨の価値を高めろってこと?】。
この黒字国がドイツで、ドイツ連邦銀行の低インフレ政策がEMS通じて、他の国の金融政策に伝搬する構図だった。丸くがEMSのアンカーと呼ばれたゆえんだそう。

●欧州通貨危機 

通貨危機とは?

EMSの経験と危機を経て、EU各国は通貨変動幅をゼロとする通貨統合の必要性を一層実感した。【ゼロにするって固定相場ってこと?ユーロにするってこと?】

スポンサーサイト

Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

カーペンター

Author:カーペンター
FC2ブログへようこそ!

最新記事

カテゴリ展開メニュー

  • 未分類(6)
  • あいさつ(2)
  • 本(34)
  • 【ブラジル】(3)
  • 【ノンフィクション】(14)
  • 【フィクション】(8)
  • 新書(8)
  • 映画【アメリカ】(2)
  • ブラジルの歴史(47)
  • 思ったこと(30)
  • 映画【ブラジル】(2)
  • 専門書(2)
  • 漫画(7)
  • ニュース(6)
  • 映画【日本】(2)
  • 経済(20)
  • 経済学入門(19)
  • 日経指標(9)
  • 政治(7)
  • EU関連(1)
  • 外国人参政権(6)
  • 人間(1)
  • 労働問題(3)
  • 戦争・軍事(7)
  • 法律・裁判(3)
  • ちゃんと調べてないもの(4)
  • これって日本だけ!?(2)
  • 犯罪(1)
  • 在日外国人(5)
  • 日本人論(0)
  • 中東(22)
  • ゲーム(2)
  • 語源(40)
  • 医療(8)
  • たとえツッコミ(1)
  • やりたいこと(現実で)(0)
  • やりたいこと(ブログで)(0)
  • 詩(0)
  • マンガ あ行(1)
  • マンガ か行(2)
  • マンガ さ行(0)
  • マンガ た行(1)
  • マンガ な行(0)
  • マンガ は行(2)
  • マンガ ま行(1)
  • マンガ や行(0)
  • マンガ ら行(0)
  • マンガ わ行(0)
  • マンガ なんでも(3)
  • 文章技術(5)
  • メモ(1)
  • 音楽(2)
  • 近頃の若い者は!反論(1)
  • 作曲(10)
  • 社会学(1)
  • ブラジル経済(2)
  • ブラジル 社会問題(4)
  • FONÉTICAS de ポルトガル語(1)
  • ブラジル 政治(2)
  • 就活(1)
  • revista:mundo estranho(1)
  • ポルトガル語 科学(1)
  • ポルトガル語 その他(2)
  • ブラジル ビジネス(2)
  • トーク(2)
  • 旅行(4)
  • 宗教(1)
  • 映画(2)

右サイドメニュー

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。