SUKOYAKA日記

メモ帳的存在。岡山在住。

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レバノン内戦 2 1975? wikiのまとめ

衝突とベイルート分裂

○きっかけ。アイン・ルンマーネ事件。マロン派対PLO
きっかけは1975年4月、ベイルート市内のアイン・ルンマーネ地区のキリスト教会でファランヘ党による集会が行われていた際、同じく集会を終えて帰宅しようとしていたPLO支持者達のバスが教会を通りかかり、興奮していたPLO支持者が教会に発砲。ファランヘ党側もこれに応戦して銃撃戦に発展した。この事件は地名を取ってアイン・ルンマーネ事件と呼ばれ、不毛の内戦の始まりであった。

内戦の激化。
戦闘そのものはライフル・機関銃・ロケット弾等による散発的なものであった。
むしろ、マロン派とイスラム教・PLO双方の民兵組織は対立する宗派の国民を次々に誘拐・拷問・処刑するという残虐行為を繰り広げた。誘拐は外国人観光客や外交員もターゲットとなった。

ドールズ派の介入。
内戦には距離を置いて中立姿勢を保っていたドルーズ派も信徒が殺害された事により、マロン派と対立していく事になった。

グリーンライン
こうした結果、ベイルートはイスラム教徒・パレスチナ難民の多い西ベイルートと、マロン派の居住する東ベイルートに分裂。東西の境界線には「グリーン・ライン」とよばれる分離帯が築かれた。この「グリーン・ライン」は中立地帯では無く、時には双方で戦闘が起こり、平常時でも周辺の廃墟に狙撃兵が潜んでいる危険地帯となった。

無力なレバノン政府。
寄合所帯であるレバノン政府は内戦終結に消極的であり、レバノン国軍も脱走兵が相次いで機能を喪失してしまった。特にイスラム教徒の国軍兵士は所属宗派の民兵組織に逃げ込み、一部は「レバノン・アラブ軍」という反乱軍を結成した。1976年3月以降、ファランヘ党などのマロン派民兵組織は軍事力の豊富なPLOやアマルに次第に追い詰められていき、東ベイルートやジュニエといったマロン派の町に閉じ込められてしまった。


○シリアの提案。内戦以前の状態を維持という提案。
こうしたレバノンの事態に、シリアは当初は中立的な立場から静観し、1976年2月には「ダマスカス合意」と呼ばれる政治改革案をレバノン側に宛てて発表した。この合意は穏健的な政治・社会改革を目指すものであった。しかし、これは基本的に内戦以前のレバノンの現状を維持するものであり、イスラム教徒左派には強い不満を残すものであった。特にドルーズ派やPLOからは強い反発が生まれた。
初めはキリスト教有利な提案だったわけね。でもこの後マロン派のLFとシリア軍が戦うのは、やっぱりシリアがイスラム教国家だから?

○革命の好機。汎アラブ革命。
ドルーズ派の名家出身であり、熱心なソビエト連邦支持者でもあった社会主義進歩党指導者のカマル・ジュンブラットはPLOとの連携に積極的であり、レバノンにおける汎アラブ主義政権樹立に積極的であった。彼は内戦勃発前の1968年に「レバノン国民運動」と呼ばれる左派連合体を成立させ、マロン派に偏重している政治権力を取り戻し、汎アラブ主義国家を樹立させる事を目標とした。彼にとって、この内戦はその夢が実現する好機であった。


シリア軍の侵攻。PLO・ドールズはを放っておくと、シリアまでその波及が来て、その後イスラエルのレバノン・シリア攻撃を誘発する。
1976年5月、シリアがレバノン政府の要請に基づいて侵攻する。シリアにとってはドルーズ派とPLOの推し進める革命は、イスラエルのレバノン・シリア攻撃を誘発すると考えていた。このため、軍事力によって急進派のPLOやイスラム教ドルーズ派を制圧したのである。PLOや左派、そしてアラブ社会からはシリアの行動に対して非難が出された。【この時点ではPLOは南レバノンの一部を解放区として保持。】

○沈静化。しかし和平の失敗。イスラエル参入へ。
シリアの軍事介入により、内戦は一時的に沈静化する。しかし、和平に失敗した上にマロン派とシリア軍、さらにPLOとの対立で再燃化してしまうマロン派内も反シリア・パレスチナを旗印に1976年9月にレバノン軍団(以下LF)と呼ばれる民兵組織連合体を結成する。【レバノン政府が要請したシリア軍だけど、マロン派は支持してないのね】シリア軍とLFは散発的に衝突し、PLOやドルーズ派とも戦闘を繰り広げた。劣勢であったLFはイスラエルの支援と介入が不可欠と目論み、内戦へのイスラエル参入の機会を模索した。

レッドライン協定。シリアはイスラエル攻めませんよ?。キリスト教徒むやみに殺しませんよ?協定
1976年の軍事介入の際、シリアはイスラエルとの間で(実際には米国の仲介を持って)「レッド・ライン」協定と呼ばれる取り決めを決めていた。これは、ベイルート以南に旅団規模を上回るシリア軍主力部隊を駐留させず、レバノンにおいてイスラエルを射程圏内に収める長距離砲・ミサイル・ロケット弾を配備せず、また、一切の戦闘機・爆撃機をレバノン国内に駐留させないという不文律の協定であった。
また、こうした兵器を用いて必要以上にキリスト教徒に危害を加えないという条件も加えられていた。
軍事介入はあくまで内戦終結を目指すものであり、イスラエルに対する敵対行動でない、という事を証明するものだった。

○イスラエルの侵攻。
しかしイスラエルの介入を不可欠と考えるLFは、シリア軍を挑発し、マロン派の拠点である東ベイルートを攻撃させた。
イスラエルは協定違反として、シリアを非難した。さらに特殊部隊と空軍機を出動させ、リタニ川以南のレバノン南部を占領した。
しかし、イスラエル軍自身による占領は国際的批判を免れず、イスラエルはレバノン国軍の元将校であるハダト少佐に占領地を譲り渡して支配させた。彼は占領地で「自由レバノン」軍という民兵組織を結成し、イスラエルの傀儡部隊として協力した

この後すごく長いので簡単に書きます。

イスラエルの狙い
レバノンを親イスラエル国家として転換させ、シリアひいてはアラブの影響力をレバノンから排除したかった。
そのためにはマロン派支持。PLO排除。

シリアとしては
PLOを放っておくとイスラエルが何をするかわからないので、PLO排除したい。つまりイスラエルは敵対関係にあるけれども、PLOは同じく排除したい。

でまあなんだかんだあってパックスシリアナ1990?

2005年についにシリア軍撤退。

しかし2006年には
ヒズボラのイスラエルでのテロをきっかけにレバノン侵攻。


【今までで一番複雑だった。もっかいやろう】
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